① スタートアップ
スタートアップ
スタートアップとは、Wikipediaによれば、「新しく設立された会社・企業のこと。特に、新規事業領域を開拓する会社・企業のこと」とされ、ベンチャー同様、設立して間もない、社員数が少ない企業を意味するが、通常のベンチャーとの違いは、以下の点があると言われる。
・事業内容やビジネスモデルの革新性と新規性
・社会課題解決への貢献
・高い成長への期待
・IPOやM&Aなどの出口への意識
スタートアップはイノベーションを起こし、成長することは、波及効果を通じて周辺の新しいビジネスを促進し、その結果として経済に活力を注入し、経済全体の成長に貢献する。このことは、米国のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)や中国のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)等の事例からも明らかである。日本経済にとっても、スタートアップの発展は持続的成長の鍵になると思われる。
ファイナンス問題
革新性と新規性を軸に、既存製品やサービスにない技術やソリューションを採用し、顧客に新たな価値を提供する。シェアリングエコノミーやプラットフォームなどの新しいビジネスモデルを活用して、新しい市場や顧客にアクセスし、新しい収益源を創出する。それらを実現するための技術やソリューションの研究開発、マーケティング活動、人材確保や製品サービスの改良活動は、通常多くの資金が必要である。そのため、スターチアップの成功には、円滑なファイナンス(資金調達)が不可欠である。
日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、政府はスタートアップの推進に力を入れている。日本には技術もあり、人材もあり、資金もが豊富にあるため、多くのスタートアップ企業の誕生と成長が期待されているが、現状は必ずしもそうなっていない。その原因は多方面的なものであるが、ファイナンスの問題も大きなものの1つかと思われる。
INITIAL Enterprise社のレポートによると、日本国内スタートアップへの投資額は、2013年の877億円から2022年の9,459億円へと10倍以上に大きく伸びてきた。しかし、国際比較すると、例えば、ベンチャーキャピタル投資額のGDP比で見ると、米国の0.4%、中国の0.791%に比べ、日本は0.03%であった 。日本におけるスタートアップへのファイナンスの支援は明らかに不足である。今後のスタートアップの発展には、ファイナンスの問題の解決は不可欠である。
スタートアップのファイナンスを円滑に発展するには、もちろん金融機関や投資家側の努力は重要であるが、スタートアップの企業側の問題意識と努力も大事である。本シリーズは、成長企業のファイナンスにおける諸問題について、整理と解説をする。
② エクイティとデット
企業の資金調達方法は、大きく分けて「エクイティファイナンス(株式による資金調達)」と「デットファイナンス(負債による資金調達)」の2つに分類される。
デットファイナンス(Debt Finance)
デットファイナンスは、安全性や返済能力を重視する調達手段であり、企業の信用力や返済実績が資金提供者からの評価の中心となる。場合によっては、担保や保証の提供が求められることもある。デットファイナンスの代表的な手段には、銀行融資と社債の発行がある。
銀行融資は、主に短期資金の調達手段であり、銀行は融資先企業の信用状況、財務内容、過去の返済履歴などを厳しく審査する。安全性が高く、確実に返済が見込める企業に貸出が行われるのが一般的である。
社債の発行は長期的な資金調達手段として活用されるが、こちらも企業の信用が重要視される。社債の購入者である投資家は、企業の信用格付けを重要な判断材料とし、格付けが低い企業や無格付の企業は通常社債の発行が困難である。
企業金融の観点から考えると、企業が継続的にデットファイナンスを活用するためには、財務の健全性や信用力の維持が不可欠である。格付けが高い企業は、国債と同等に近い低利で資金調達が可能であり、格付けが中程度の企業でも、国債利回りに数パーセント程度のリスクプレミアムを上乗せする水準で資金調達することができる。
デットファイナンスの資金の出し手は多岐にわたるが、主に以下のような金融機関・投資家が中心となる。
・銀行、保険会社
・年金基金などの機関投資家
・企業法人
これらの投資家は、一般的に元本の保全と確実な利回りの確保を重視する。そのため、不確実性が高く、収益化までに時間を要するスタートアップ企業には、初期段階でのデットファイナンスは不向きである。スタートアップの資金調達では、エクイティファイナンスが主流となるのはこのためである。
ただし、スタートアップが事業を進め、一定の売上や利益を上げるようになって安定期に入ると、将来の見通しが立つことから、デットファイナンスの活用の可能性が高くなる。
デットファイナンスは、信用力がある企業はある程度のロットの資金が調達でき、調達コストが低く、デット出資者は議決権を持たない等は企業側にとっての魅力である。一方、デットは、企業のリスクを負担せず、返済義務があり、借り入れの慎重な管理が求められる。
エクイティファイナンス(Equity Finance)
エクイティファイナンスは、企業が株式の発行などを通じて資金を調達する方法である。デットファイナンスとは異なり、返済義務のない資金を企業が手に入れる代わりに、出資者に企業の所有権の一部を引き渡す形で行われる。
エクイティ投資は、確実な元本回収を目的とするのではなく、企業の成長によって将来的に高いリターン(株価の上昇や配当など)を得ることを目指す。高いリターンの期待の対価はリスクであり、エクイティは企業のリスクを負担するリスクマネーであり、ハイリスク・ハイリターンである。
投資家にとって、エクイティ投資の見返りは配当や企業価値の成長に伴う株価の上昇以外、議決権の行使による経営参加と企業への影響力である。経営参加にあまり関心がない投資家は少なくないが、経営参加を通じて企業を成長させたい投資家も多い。例えば、ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家などは、資金提供と引き換えに経営の透明性や戦略的意思決定への関与を求めることが一般的である。
スタートアップは事業の不確実性が高く、安定したキャッシュフローがない段階ではデットファイナンスの適用が困難であるため、エクイティファイナンスは資金調達の中心的な手段となる。エクイティファイナンスは、企業にとって返済不要な成長資金を調達できる手段であり、投資家にとっては高いリスクを取る代わりに企業の成長果実を得る投資である。エクイティファイナンスを通じて得た資金は、研究開発、人材採用、マーケティング、事業拡大など、将来の成長に向けた投資に用いられる。その出資を受ける対価として、経営権の一部を投資家に渡すことになるため、資本政策(持株比率や株式の発行タイミング)の慎重な設計が大事である。
議決権
株式会社における最高意思決定機関は株主総会で、その意思表示は「決議」という形式でなされる。議決権を持つ株主だけが決議において意思表示ができる。議決権は、株主が経営参加の権利であり、企業の重要事項を決定する権利である。
株主総会の決議には、主に次の2種類がある:
1. 普通決議(Simple Majority Resolution)
要件:議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の過半数による賛成。
対象事項:取締役や監査役の選任・解任、計算書類の承認など、通常の経営判断に関わる事項。
2. 特別決議(Special Resolution)
要件:議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成を要する。
対象事項:会社の根幹に関わる重要事項(定款の変更、事業譲渡、資本の減少、会社の合併・解散など)。
議決権の保有比率に応じて、株主が企業経営に与える影響力は異なる。以下は、一般的な議決権比率と行使可能な権限の対応関係を示したものである。
議決権比率 権限内容
2/3超 特別決議の可決が可能(定款変更、合併など)
1/2超 普通決議の可決が可能(役員選任など)
1/3超 特別決議の拒否権を持つ(阻止可能)
1/4超 相互持株による議決権制限の回避が可能
1/10超 会社の解散請求権
3/100 株主総会の招集請求権、会計帳簿閲覧請求権
なお、上記の比率は、一般的なものであり、会社定款によって異なる場合がある。
株式による資金調達の結果、新株の発行による議決権の希薄化(dilution)が起きる。新たな株主が増えることで、既存株主の持株比率および議決権比率が低下する。特にスタートアップにおいては、経営の機動性とビジョンの実現のために、創業者が主導権を保持することが望ましいとされる。そのため、資金調達を進めるにあたり、以下のような点に配慮が必要である。
・創業者の議決権比率を一定以上維持する。
・経営方針に理解のある投資家と協力関係を築く。
・複数種類株式制度(例:議決権の異なる株式)を活用する。
・株主間契約(SHA)によって重要事項の承認プロセスを事前に設計する。
これにより、外部資金を導入しながらも、創業者が企業の方向性や戦略を継続的にコントロールできる体制を維持することが可能となる。
エクイティとデット
資金調達は、大きく分けるとエクイティとデットがある。デットファイナンスは、安全性を優先し、返済の確実性や返済実績を重視し、担保がとられることもある。デットファイナンスの代表は、銀行ローンである。銀行は確実な回収見通しがある会社にしか貸出さず、貸出期間も短期が中心である。このような資金は、不確実性が高く、回収も長期間を要する研究開発投資などには向かない。一般的に、スタートアップの資金調達において、将来の不確実性が高いため、デットファイナンスの利用が難しい。ただし、後期のシリーズC以降においては、デットファイナンスの可能性がある。
エクイティファイナンスは企業への出資、株式等による資金調達である。エクイティは、確実な回収の依拠がなくても、高いリターンを得る可能性があれば、投資される。そのため、スタートアップの資金調達においては、エクイティファイナンスが中心である。エクイティ投資は大きなリスクがあるため、投資家はそれなりの対価を要求する。エクイティ投資の対価は、会社の成長果実の株価の上昇と議決権行使による経営への参加である。
投資家の種類
スタートアップの株主は、創業者グループ、縁故者、会社役員、従業員持株会等、ある意味では身内である内部株主と外部投資家に分けることができる。外部投資家には、ベンチャーキャピタル(以下VC)、プライベートエクイティ(以下PE)、事業会社の(以下CVC)と取引先がある。
内部株主には大きな共通利益があり、共同利益の最大化で意思が統一しやすい。それに比べ、外部投資家は、それぞれ異なる投資目的を持ち、リスク許容度も異なるので、意思が統一されにくい。
投資家 主な投資目的 支援形式 リスク許容度
VC 株式売却益 経営支援・資金支援 高~中
事業会社CVC 事業投資 連携・シナジー効果 中~低
PEファンド 事業収入 経営支援 中~低
機関投資家 株式売却益 資金提供 低
図表3 投資家の種類と特徴
VCは、主に将来の出口を意識し、IPO(株式公開)やM&A(合併・買収)の際の株価に強い関心を持つ。ベンチャーキャピタルは会社の戦略や運営において、株価最大化を追求する。
PEには多くの種類があるが、一般的にVCに比べ、安定的な事業運営と利益配当を重視し、より長期的なリスクとリターンを重視する。複数企業に投資するPEは、企業間の連携やグループ形成をも意識する。PEファンドは投資先の経営改革や成長支援にも熱心である。
事業企業CVCは、スタートアップの株価よりも、自社の事業戦略との整合性やシナジー効果への配慮を優先する。スタートアップとの協業や連携で、自社の競争力を高め、新たなビジネス機会の創出に大きな価値を感じる。
取引先の出資は、共通利益や長期的取引関係を築くことが主な目的であり、株価よりも、取引量の拡大、取引関係の維持や拡大に価値を感じる。
多様な外部投資家による経営参加は、スタートアップに活力をもたらす。一方、多様な外部株主の意向や期待をバランスよく調整することも大変な場合がある。株主の構成は、将来の会社の重大意思決定に影響を与える可能性がある。例えば、創業者利潤や支配権に対する考え方、役員・従業員へのインセンティブ、IPOやM&Aの方向性等において、株主の意見によって左右される可能性が高い。ファイナンスの主な目的は資金調達であるが、株主の構成をも強く意識する必要がある。
議決権
議決権を有する投資家の意思は、会社の重要な意思決定に影響力を持つことになり得る。創業者による会社議決権の維持は、エクイティ資金調達に対する制約になることがある。
株主は議決権を持ち、エクイティ調達の結果、外部投資家の議決権が増加し、創業者の議決権が減少することになる。
株主総会は会社の最高意思決定機関であり、総会の意思表示は、決議で行われる。決議には、特別決議と普通決議がある。
特別決議は、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の2/3以上による多数賛成を必要とする。定款の変更、営業の譲渡、減資、会社の解散・合併契約の承認など、会社の根幹に関わる重要な事項が特別決議を要する。普通決議とは、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の過半数を必要とする決議方法である。決議方法に特段の指定がない決議、例えば、社長や役員の選定、監査役の選定などは、原則として普通決議によって決議される。
議決権比率とその権限は図表4の通りである。
議決権比率 権限内容
2/3超 株主総会における特別決議が可能
1/2超 株主総会における普通決議が可能
1/3超 株主総会の特別決議を阻止する権限(拒否権)
1/4超 株式の相互持合による議決権の制限
1/10超 会社解散請求権
3/100 株主総会の招集請求権、会計帳簿閲覧請求権
図表4 議決権と権限内容
スタートアップの初期ステージでは、創業者が会社を仕切ることが効率的な意思決定をもたらすことが多い。エクイティ調達において、創業者の議決権の維持を意識する必要がある。創業者が自らのビジョンや経営方針を実現するためには、議決権の割合を維持し、あるいは特定の外部投資家との協力関係を築くことが重要である 。
創業者と投資家が合意すれば、議決権の調整方法は存在する。そのうちの1つは、種類株である。
種類株
お金には色がないと言うが、デットとエクイティのように、資金には明確な違いがある。この違いには、議決権の有無や清算時の返済順位の違いが含まれる。返済順位に関する設定を優先劣後順位と呼び、デットへの元利払いが優先されるため、デット資金の安全性が高く維持される。一方、エクイティ資金はデット回収後の残余資金から回収される劣後債権であるため、安全性が低下し、リスクが生まれる。
通常、株式とは普通株を指す。普通株は標準的で典型的な株式であり、全株主が平等な権利を持つ。株主の権利には主に議決権、利益配当請求権、残余財産分配請求権などがある。普通株はこれらの権利に対して制限がないが、種類株式はその一部の権利に対して優先したり、劣後したり、または消滅させたりすることができる。これらの権利に対する取り決めは、会社法で以下の9つが規定され、それに基づいて対応する種類株が発行されることができる。
1)剰余金の配当に対する権利の優先劣後
2)残余財産の分配に関する権利の優先劣後
3)議決権の行使権利の制限
4)譲渡の権利の制限
5) 取得請求権の付与
6)強制取得の権利
7)全部強制取得権利
8)総会の承認拒否権
9)取締役・監査役の承認権
1)と2)は、配当や残余財産分配に関する優先劣後の権利である。3)は、議決権の一部または全部が制限される株であり、例えば、議決権がない株式も設計できる。8)は、承認拒否権を有する株式で、一定の事項に関する株主総会の決議を、否決する権限を持つ、いわゆる否決権を持つ黄金株である。9)は、取締役または監査役の選任に関する事項について、選任権を持つ承認権付株式である。
種類株は、普通株と同様に返済する必要がないリスクマネーである。種類株を利用することによって、事業拡大や資本強化から発生する外部資金調達と、創業者の議決権維持という相反するニーズを調整することができる。例えば、議決権に興味がない投資家には、議決権制限株式を提供し、議決権放棄の対価として、剰余金の優先配当権利を付与することが可能である。また、拒否権付種類株式を利用して、創業者に一部の株主総会決議に対する拒否権を与えることで、出資構成に左右されずに企業の安定支配を実現することもできる。
種類株は会社の資金調達と議決権の選択において柔軟性をもたらしますが、IPOなどでは最終的にはすべての株式が普通株に転換されることが一般的である。ただし、創業者の株式に特別な議決権を残す事例もある 。
③ 議決権と種類株
議決権
株式会社における最高意思決定機関は株主総会で、その意思表示は「決議」という形式でなされる。議決権を持つ株主だけが決議において意思表示ができる。議決権は、株主が経営参加の権利であり、企業の重要事項を決定する権利である。
総会の決議には、特別決議と普通決議がある。特別決議は、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の2/3以上による多数賛成を必要とする。定款の変更、営業の譲渡、減資、会社の解散・合併契約の承認など、会社の根幹に関わる重要な事項が特別決議を要する。普通決議とは、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の過半数を必要とする決議方法である。決議方法に特段の指定がない決議、例えば、社長や役員の選定、監査役の選定などは、原則として普通決議によって決議される。
議決権の保有比率に応じて、株主が企業経営への影響力は異なる。以下は、一般的な議決権比率と行使可能な権限の対応関係を示したものである。
議決権比率 権限内容
2/3超 特別決議の可決が可能(定款変更、合併など)
1/2超 普通決議の可決が可能(役員選任など)
1/3超 特別決議の拒否権を持つ(阻止可能)
1/4超 相互持株による議決権制限の回避が可能
1/10超 会社の解散請求権
3/100 株主総会の招集請求権、会計帳簿閲覧請求権
なお、上記の比率は、一般的なものであり、会社定款によって異なる場合がある。
株式による資金調達の結果、新株の発行による議決権の希薄化(dilution)が起きる。新たな株主が増えることで、既存株主の持株比率および議決権比率が低下する。特にスタートアップにおいては、経営の機動性とビジョンの実現のために、創業者が主導権を保持することが望ましいとされる。そのため、資金調達を進めるにあたり、以下のような点に配慮が必要である。
・創業者の議決権比率を一定以上維持する。
・経営方針に理解のある投資家と協力関係を築く。
・複数種類株式制度(例:議決権の異なる株式)を活用する。
・株主間契約(SHA)によって重要事項の承認プロセスを事前に設計する。
これにより、外部資金を導入しながらも、創業者が企業の方向性や戦略を継続的にコントロールできる体制を維持することが可能となる。
種類株式と議決権の設計
通常、株式への出資額に比例して議決権が与えられるが、企業と投資家が合意すれば、議決権の内容を調整することが可能である。その代表的な手法が「種類株式」である。
通常の株式、すなわち普通株式(コモン・ストック)は、すべての株主に対して平等な権利が与えられる。株主の権利は、議決権、利益配当請求権、残余財産分配請求権等によって構成されている。種類株式は、これらの権利のいずれかに対して優先、劣後、または制限を加えることができる株式であり、会社法に基づいて、以下の9つの範囲で柔軟な設計が認められる。
1)剰余金の配当に関する優先・劣後 配当の優先順位や金額の調整
2)残余財産の分配に関する優先・劣後 清算時の返済順位を設定
3)議決権の制限 議決権を一部または全部付与しない株式設計
4)譲渡の制限 株式譲渡に会社または他の株主の承認を必要とする
5)取得請求権 株主の請求により会社が株式を取得する権利
6)取得条項 一定条件を満たした場合に会社が取得できる権利
7)全部取得条項 株主総会の決議を経て全株式を取得可能とする
8)拒否権付株式(黄金株) 特定事項について総会決議を否決できる権限を付与
9)承認権付株式 取締役・監査役の選任等に対する承認権を付与
表。 種類株式に関する9つの設計項目(会社法第108条)
種類株式は、スタートアップの資金調達・ガバナンス設計においても活用される。たとえば、以下の応用が考えられる。
・議決権を持たない種類株式を発行し、出資者には配当の優先権を提供することで、創業者の議決権希薄化を回避する。
・拒否権(黄金株)付種類株を活用し、特定の重大事項(例:M&Aや増資)について創業者が拒否権を保持できる体制を構築する。
・IPO前に外部投資家に対して配当優先株式を発行し、IPO時に普通株に転換する設計を採用することで、調達とIPOの両立を図る。
このように、種類株は資金調達と支配権維持というトレードオフに対して、制度的柔軟性を提供する有効なツールである。
多くの場合、IPOを目指す企業は、上場前に発行した種類株式を普通株式へと転換する。この転換は、証券市場における透明性と平等性の確保、および流動性の向上のために必要とされる。ただし、海外市場や特定のケースにおいては、創業者株にだけ複数議決権を残すなどの特例設計が認められることもある(例:米国のデュアルクラス株式制度など)。
種類株式は、会社の資金調達とガバナンス設計における強力な戦略的手段である。とりわけ、創業者がビジョンを維持しつつ外部資金を導入したい場合、種類株の制度を適切に活用することで、経営の安定性と成長性の両立が可能となる。
通常、株式とは普通株を指す。普通株は標準的で典型的な株式であり、全株主が平等な権利を持つ。株主の権利には主に議決権、利益配当請求権、残余財産分配請求権などがある。普通株はこれらの権利に対して制限がないが、種類株式はその一部の権利に対して優先したり、劣後したり、または消滅させたりすることができる。これらの権利に対する取り決めは、会社法で以下の9つが規定され、それに基づいて対応する種類株が発行されることができる。
1)剰余金の配当に対する権利の優先劣後
2)残余財産の分配に関する権利の優先劣後
3)議決権の行使権利の制限
4)譲渡の権利の制限
5) 取得請求権の付与
6)強制取得の権利
7)全部強制取得権利
8)総会の承認拒否権
9)取締役・監査役の承認権
1)と2)は、配当や残余財産分配に関する優先劣後の権利である。3)は、議決権の一部または全部が制限される株であり、例えば、議決権がない株式も設計できる。8)は、承認拒否権を有する株式で、一定の事項に関する株主総会の決議を、否決する権限を持つ、いわゆる否決権を持つ黄金株である。9)は、取締役または監査役の選任に関する事項について、選任権を持つ承認権付株式である。
種類株は、普通株と同様に返済する必要がないリスクマネーである。種類株を利用することによって、事業拡大や資本強化から発生する外部資金調達と、創業者の議決権維持という相反するニーズを調整することができる。例えば、議決権に興味がない投資家には、議決権制限株式を提供し、議決権放棄の対価として、剰余金の優先配当権利を付与することが可能である。また、拒否権付種類株式を利用して、創業者に一部の株主総会決議に対する拒否権を与えることで、出資構成に左右されずに企業の安定支配を実現することもできる。
種類株は会社の資金調達と議決権の選択において柔軟性をもたらしますが、IPOなどでは最終的にはすべての株式が普通株に転換されることが一般的である。ただし、創業者の株式に特別な議決権を残す事例もある 。
④ステージと資金調達
スタートアップは、新興企業として、初期には、利益が出ない上、将来の成長を見据えての投資が必要で、会社の規模拡大によって運転資金も大きく増加する。これらの資金の手当ては、創業者たちの資金の他、多くの場合、外部投資家からの資金調達が必要である。この資金調達と外部投資家は、企業の発展段階(ステージ)によって異なることが多い。
ステージ
スタートアップの発展時期は、通常プレシード、シード、アーリー、ミドル、レイタ―のステージに分類される。それぞれのステージにおいて、会社の課題が異なるし、運営方針も大きく違い、資金調達ニーズも異なる。図1の通り、ステージに対応して、資金調達はシリーズAやシリーズBなどと呼ばれる。なお、ここのステージや資金調達シリーズとの対応関係は、概念的なものである。
ステージ 資金調達
プレシード エンジェル
シード シリーズA
アーリー シリーズB
ミドル シリーズC
レイタ― シリーズD
IPO・M&A シリーズE
図1 ステージと資金調達シリーズ
事業リスクと資金調達
プレシードやシードステージは、アイディア段階や製品やサービスの市場需要を確認する段階である。活動の中心は、研究開発(R&D)とアイデアの実現可能性と商業化可能性の検証活動であり、会社組織も確立されていないことが多い。そのため、資金需要は相対的に小さく、投資の不確実性が非常に高い。この時期の資金提供者は、主に創業者グループ(以下創業者)やエンジェル投資家である。エンジェル投資は株式による出資として行われ、会社にとっての貴重な最初の資金源である。
アーリーステージに入ると、技術やビジネスモデルの実現可能性がある程度確認され、事業化へ向けての準備として、製品やサービスの初期展開やテストが行われる。この時期、資金需要が発生し、外部からの資金調達の必要性が発生することが多い。この時の資金調達は、通常シリーズAと呼ばれる。エンジェル投資は冒険的投資であるとすれば、シリーズAはリスクとリターンの判断に基づく投資になる。特にアーリーステージの後半において、会社の組織化が始まり、開発、生産とマーケティング等の活動が持続的運営され始まる。事業化の確実性が高くなり、企業の将来の成功を見込んで、ベンチャーキャピタルをはじめ、外部投資家の資金が入ってくる。
ミドルステージにおいては、通常、商品・サービスの提供が本格化し、取引量も拡大し、事業化の成功の可能性が高くなり、会社の組織化が進み、内部管理体系が確立されるようになる。この時期の資金調達は通常、シリーズBと呼ばれる。シリーズBの投資はシリーズAに比べて、事業化の確実性がより高いため、リスクは相対的に低い。一般的に、資金調達において、後のシリーズのリスクが相対的に低いとされる。この段階の投資家には、VC以外に、事業会社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も投資に参加する。
レーターステージにおいて、商品やサービスの提供が軌道に乗り、持続的なキャッシュフローが確立され、会社の安定的運営も見込まれる。この時期に、組織的経営が確立され、IPOやM&Aの可能性も見えてくる。この時期の資金調達はシリーズCと呼ばれる。安定的な事業運営が実現されることで、シリーズCの投資は以前のシリーズに比べ、リスクが大きく低下し、通常の機関投資家も投資参加することがある。
レーターステージにおいては、商品やサービスの提供が軌道に乗り、持続的なキャッシュフローが確立され、事業の会社の安定的な運営が測れるようになる。この時期には、組織的な経営が確立され、IPOやM&Aの可能性も具体的に見えてくる。この段階での資金調達は、シリーズCと呼ばれる。事業の安定的運営が実現されるため、シリーズCの投資は以前のシリーズに比べてリスクが大きく低下し、通常の機関投資家も投資に参加する。