ESG経営
① ESGとは
ESGとは
投資の主な目的は、投入した資金を高い収益率で成長させ、確実に回収することである。そのため、投資家は通常、投資対象の収益的側面を重視する。そのため、ROA、ROE、IRR等の財務的指標は投資家にとっての重要な指標である。
一方、投資対象(例えば会社)には非財務的指標もある。今まで非財務指標は投資にはあまり使われてこなったが、最近、人権問題、環境問題や社会問題は意識されるようになり、投資判断には非財務的指標をも使われるようになった。非財務指標は多様で複雑であるため、その体系化のニーズは出てきた。ESGというのは、非財務的指標の体系の1つである。
ESGとは、E(Environmental,環境)、S(Social,社会)、G(Governance,ガバナンス) の頭文字を取った造語で、投資家や企業にとって、解決するべき社会問題をE・S・Gの3つの分野に整理する体系である。
E(環境)の中に、温室効果ガスの排出量、水資源の使用量、廃棄物の量などの指標が含まれる。環境汚染や気候変動への対応、森林破壊や地球資源の枯渇を防ぐ努力、生物多様性の維持などの姿勢も評価される。
Sは社会や人権関連のカテゴリーである。この中に、労働条件、企業と従業員の関係、ジェンダーの平等、従業員の健康と安全、研修・職業訓練、従業員の満足度などの指標がある。製品への責任、顧客との関係性などの評価もこのカテゴリーの中にある。企業と地域社会との関係性も重要な要素として評価される。
Gは企業統治のカテゴリーである。この中に、取締役会の構成と多様化、女性役員の有無や独立取締役の牽制機能、役員報酬の合理性等の指標が含まれる。コンプライアンスやリスクマネジメントの体制、外部に対する情報開示の姿勢、株主との関係性、株主権の行使等が含まれる。賄賂や汚職の防止やビジネス倫理の確立なども評価される。
ESGを意識することは、収益や企業の問題だけではなく、環境、社会問題や企業統治をも意識することになる。
投資の社会的責任
投資自身は社会を変える力を持つ。収益だけではなく、投資や事業を通じて、より良い世の中を作るという努力は昔から行われてきた。例えば、キリスト教は昔利子を禁止し、イスラム教は今も利息を禁止する。利息は不労所得で、公平の社会を作るために正当化されないという考えたからであろう。SRI(Socially Responsible Investment,社会責任投資)は、1920年代にキリスト教の教会資産の運用に際し、教会の倫理観を背く酒、たばこ、兵器やギャンブル等の企業を投資対象から除外したことが起源とされる。
1950年代、米国の年金基金は債券だけに投資していたが、年金資金を株式投資することによって企業を成長させることができるという主張があった。その考え方が受け入れられ、年金資金は株式市場に流れ、その後のアメリカの成長に貢献した。1960年代の反戦(ベトナム戦争)運動の中、一部の米国大学基金が戦争に兵器を供給する企業を投資対象から外す動きがあった。1990年代にはフロンガスによるオゾン層の破壊など環境問題への関心が高まり、投資も企業も環境への影響は重視されるようになった。最近の銀行の石炭関連産業への融資の抑制も同じ文脈の展開上にある。二酸化炭素を多く排出する石炭を減らすために、石炭鉱山や石炭発電所への投資を抑制し、地球温暖化問題の解決に貢献すると考えられる。
投資する側には、社会的責任があり、それが広く意識するようになった。
責任投資原則(PRI)
PRIは、国連が2006年に提唱した持続可能な投資をするための6つの責任投資原則である。
1. 投資分析と決定のプロセスにESG問題を組み込む。
2. 議決権を行使する等、活動的な株保有者になり、株を保有する目的にESG問題を組み入れる。
3. 企業に対して適切なESG情報開示を求める。
4. PRIの考え方が金融市場に受入れられるように努力する。
5. PRIの実行力の効果をあげることに取り組む。
6. PRIの活動状況を報告する。
1と2は投資家の行動に関するもので、投資の分析と決定、議決権等の権利行使において、ESG問題をも判断材料にする。これは、ESGインテグレーションともいう。3は投資先に対して、ESGに関する情報開示を積極的に求めることを要求し、4は金融市場にESGを重視させ、PRIを受け入れる努力をすることを要求する。
2008年の金融危機の後、多くの投資家が金融危機の原因は、短期的利益への過度な追求にあると考える。社会問題を意識した長期的で持続可能な利益を重視することは、投資する側の長期的利益にもなると意識するようになった。現在、世界的に5千社以上、日本にも120社以上の多くの機関投資家がPRIに署名した。なお、PRIに署名することは、この6つの原則に同意し、実行することである。
日本では、上場株の半分以上は投資信託、保険会社、金融機関やファンドなどの機関投資家が保有している。この機関投資家の投資姿勢は株式市場の価格形成に大きな影響を与える。日本の年金積立金管理運用独立行政法人 (Government Pension Investment Fund、GPIF)は、厚生年金と国民年金の一部を運営・管理している独立行政法人で、運用資産額が200兆円近くあり、世界最大の機関投資家である。2015年、GPIFがPRIに署名した。GPIFの署名は、日本の金融市場のESGへの関心を加速させ、ESGに対する社会的関心を高めた。翌年の2016年は、日本のESG元年とも言われる。
©明治大学データアナリティックス研究所
② 非財務的指標の体系
非財務指標をどのように体系的に整理するのか。
ESGを軸に整理することはできる。非財務的指標は、E分類、S分類、G分類の3つのピラーにまず大分類し、3ピラーの下に、中分類としてカテゴリーがある。
環境Eの下のカテゴリーは、例えば、企業の気候変動への対応、温室効果ガス削減、資源の枯渇への対応、水資源の節約、廃棄物と汚染の減少、森林破壊の防止、生物多様性への対応等の内容から構成される。社会Sの下に、労働条件の向上(奴隷労働・児童労働の根絶)、地域社会との調和、従業員との関係性、男女の平等、研修・職業訓練の充実、従業員の健康と労働安全への配慮等の内容からなる。ガバナンスGの下に、役員報酬の正当性、賄賂汚職防止、株主権の尊重、ビジネス倫理、取締役会の合理的構成と多様化、独立取締役の牽制機能、情報開示、リスクマネジメントとコンプライアンス等がある。
それぞれのカテゴリーの下に小分類として、キーイッシュがある。例えば、「気候変動」の下に、「炭素排出」、「エネルギー効率」、「製品のカーボンフットプリント」、「環境インパクトのファイナンス」、「気候変動に対する脆弱性」といったものがある。
このように、非財務的指標は、ESGを軸に分類される。
具体的なデータの収集方法ですが、企業の開示情報から収集する方法とアンケートをする方法がある。企業の開示情報として、例えば統合報告書、サステナブルレポートは使われる。アンケートを利用する場合、企業に調査票を送り、答えてもらう形で行われる。開示情報として、統合報告書やサステナブルレポート等から情報を抽出します。
また、多くの会社がESG関連の非財務諸表の原始データをデータブックとして開示している。これらの原始データには、企業活動に関する多方面の原始データを含む。例えば、2022年のソフトバンクのデータブックには、約350の項目のデータが公開されている。E項目には、SCOPE1、SCOPE2やSCOPE3の排出量、産業廃棄物の廃棄量、水の使用量、環境法令違反の回数と罰金額などの情報がある。S項目には、社員数や男女構成、臨時雇用従業員数、従業員平均勤続年数、平均年齢、定年者の再雇用数、退職率、年間総労働時間、定期健康検査の率、有給休暇取得率、喫煙率、新規採用と中途採用に関する情報、外国人採用、女性管理職比率、育児休暇取得率、平均研修時間、平均研修投資金額、仕事に対する満足度等の情報が豊富に入っている。G項目には、役員報酬、株主権への対応、情報セキュリティ対策などの項目がある。
ソフトバンクのデータブック
③ ESG情報の開示
上場会社の開示情報の中に、有価証券報告書は最も有名なものであろう。企業の資産、業績の財務指標を体系的に開示するものである。有価証券報告書は法定開示の情報である。日本では、コーポレートガバナンスレポートも法定開示である。非財務的指標の開示資料として、統合報告書、サステナブルレポート、CSRレポートなどがある。これらは今のところ自主開示である。
CSRレポートは、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)に関する活動を紹介するレポート。会社と社会との関わりや倫理的側面に焦点を当てる。主な内容としては、会社の社会貢献活動(ボランティア、寄付など)、ステークホルダーとの関係構築、労働環境の改善や従業員支援、コンプライアンスや倫理的行動などが触れられる。
サステナブルレポートは、持続可能な社会の実現に向けて、企業がどのような取り組みを行っているかを開示する報告書。ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から、企業活動が社会や地球環境に与える影響と、それにどう対応しているかを報告します。主な内容は、環境への取り組み(CO₂排出削減、再生可能エネルギーの活用など)、社会貢献(人権、労働環境、多様性、地域社会との関わり)、ガバナンス(企業統治、内部統制、コンプライアンス)、サステナビリティ目標(SDGsへの貢献など)に関するものである。
サステナブルレポートもCSRレポートも、企業がESGに関する取り組みや成果を報告するものである。両者は似たような目的を持っているCSRレポートは企業の社会貢献や企業倫理を中心にする内容であるが、サステナブルレポートは持続可能性、環境・社会・ガバナンス(ESG)全体にわたる構成になっている。最近、CSRレポートよりも「サステナブルレポート」や「統合報告書」を発行する企業が増えています。
統合報告書(Integrated Report)は、企業が財務情報と非財務情報(ESG情報)を統合して、投資家やステークホルダーに対して中長期的な価値創造の全体像を伝える報告書である。統合報告書は、決算の財務的情報だけではなく、企業の環境問題への取り組みや人材戦略、リスクマネジメントなどのも含まれる。
統合報告書は、企業の価値創造プロセスを透明化し、長期的な視点での評価を促し、投資家にとっては、投資判断の重要な材料になっている。統合報告書の開示の基準は、統一されていなくて、独自のフォーマットで開示する企業もあるが、GRIスタンダードとIIRCフレームワークを利用する企業が多い。最近、温暖化問題への対応が求められ、温暖化対策の開示(TCFD[3]レポート)も求められるようになった。
企業は、統合報告書などを通じて、投資家やステークホルダーに短期の利益だけでなく、中長期的視点での企業価値、企業は将来の成長やその持続可能性を示す。
ソフトバンクの統合報告書
多くの会社がESG関連の原始データをデータブックとして開示している。
ソフトバンクのデータブック
④ ESG格付け
信用格付
企業や事業に資金を投入する場合、エクイティファイナンスとデットファイナンスの伏木がある。エクイティファイナンスは株式に出資し、投資対象の将来の成長性を重視する。一方、デットファイナンスのリターンは金利だけであるため、回収の安全性(信用リスク)を重視する。このデット資金の回収の安全性を測る仕組みは信用格付けである。
企業の場合、事業がうまくいかなかったりすると、投資家の資金回収にリスクが発生する可能性がある。このリスクは、企業の財務体質(資本の量、利益の額)、事業環境(マクロ経済、業種)と経営能力等と関係する。債券投資家は資金の安全性・会社の安全性を把握しなければならないが、現実問題として、会社の安全性を完全に調べることは困難で、信用格付というサービスを利用する。
信用格付会社として、米国のムーディーズ社は世界最初の信用格付機関である。米国国債や日本国債の格付けを下げる等のニュースによく登場する有名な会社である。1929年大恐慌のとき、米国社債の3分の1がデフォルト(債務不履行)したが、ムーディーズが高い格付を与えた債券はデフォルトしなかった。この実績は、信用格付の有効性の証明と普及のきっかけとなった。
信用格付の格付機関は、高い専門性、中立性と公平性が要求される。2008年の金融危機の原因の1つは、サブプライムローン資産担保債券に対する信用格付の専門性と中立性にあるとされる。その後、各国が格付会社に対する規制(認証)が導入される。日本には、5社の登録格付け会社がある(ムーディーズ・ジャパン、スタンダード&プアーズ・レーティング・ジャパン、株式会社日本格付研究所、株式会社格付投資情報センター、フィッチ・レーティングス・ジャパン)。
信用格付けは、AAA、AAやBBB等の記号で表示される。信用格付けと債券のデフォルト率、債券の利回りとの間にはっきりした対応関係がある。債券投資家の意思決定には信用格付を利用する。債券投資家は、通常高い格付け(BBB以上の投資適格銘柄)の債券に投資するが、低い格付け(BB以下の投機的銘柄)の債券を敬遠する傾向がある。
銀行には、内部格付の仕組みがある。低い格付の会社に対して、貸出枠の管理や金利の要求は通常厳しくなる。
非財務情報の開示
信用格付と類似的であるが、格付け機関が企業のESG評価を行うESG格付という仕組みがある。信用格付機関のように、ESG格付機関に対する当局の管理や審査など、現時点にはない。現在の多くのESG格付機関がある。
信用格付けにおいて、当然企業は財務情報を開示する。それと同様、ESG格付において、企業の非財務情報開示が必要である。企業の非財務情報開示は、主に統合報告書、持続可能性報告書、サステイナブルレポート、CSR報告書等の形で行われる。格付け機関は、この情報を中心に、独自で収集したオルタナティブデータをも参考にして、企業のESG評価を行う。
1) 企業はESG関連の情報を開示
2) 格付機関が関連情報を収集
3) 格付機関が格付を算出・発表
非財務情報開示の報告基準は、国際NGO標準、証券取引所標準、政府規制当局基準の3つがある。NGO標準にはGRI持続可能性報告標準とISO26000等がある。多くの証券取引所はESG投資ガイドラインを公表、上場企業にESG情報開示を義務化にする。規制当局も情報開示を促している。
1) GRI(グローバル・レポーティング・イニシアテブ)は2001年に、ESG情報開示のガイドライン、持続可能性報告標準(GRI標準)を公表。GRI標準は、環境面、社会面、経済面の3方面から開示情報と指標を定義し、非財務情報の開示を支援する。ISO260000は国際標準化機構(International Standard Organization)が定めた企業の社会的責任に関する活動指針「社会的責任に関する手引き(ガイダンス)」である。組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な運営、消費者課題 、コミュニティへの参画の7つの項目で構成される。7項目の下に37の中核テーマ、その下に217の指標が設けられている。この基準は、企業の活動における社会的責任に関する情報開示基準を統一する。
2) 証券取引所において、複数の国際的証券取引所はESG投資報告ガイドラインを公表し、上場企業の情報開示を奨励する。例えば、米国ナスダック証券取引所は2019年に、「ESGレポートガイドライン」を公表し、ナスダック上場企業に対して、2020年の情報開示を義務化した。
3) 規制当局において、EUは2014年に、非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive)を出し、大企業(従業員500人以上の上場企業、銀行、保険会社)に対して、環境、社会、雇用、人権の尊重、汚職・贈収賄防止等に関する5つの事項、①ビジネスモデル、②ポリシーとデューデリジェンス・プロセス、③実績結果、④主なリスクと管理方法、⑤非財務業績評価指標(KPI)を、経営報告書にComply or Explain原則(遵守せよ、さもなくば、説明せよ)で開示すると要求。
日本では、2015年に金融庁と東京証券取引所と共同で開示指針「コーポレートガバナンス・コード」を公表した。2018年に改訂された新指針では、企業が自発的にESG情報を開示することを奨励し、非財務情報にESG要素を含めるように明確した。中国では、中国人民銀行が公表した「グリーン金融システム構築に関するガイドライン」においいて、2017年から特定業種の企業(重点汚染排出企業、発電や化工企業)に対して環境に関する強制型情報開示を要求、2018年に、重点汚染排出企業以外の上場企業に半強制型情報開示をComply or Explainで要求する。
ESG格付機関
ESG格付の歴史が短いが、世界には約1000社以上の会社がESG格付を手かけているという。ESG格付けを展開している有名な機関は、MSCI、FTSE Russell、Refinitiv、グッドバンカー、日経NEEDS、東洋経済新報社等がある。MSCIとFTSE Russellは、金融市場の指数やポートフォリオ分析のサービスを提供している会社で、Refinitivと日経NEEDSは、金融データ情報のベンダーである。日本の機関投資家は、MSCIとFTSE RussellのESG格付をもっともよく利用しているといわれる。
ESG格付け機関は、企業が開示している統合報告書、CSR報告書、持続可能性発展報告書等を中心に、その他の関連データも参考し、それぞれの基準で企業の環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)スコアを評価する。
スコアリングの方法は、通常、4階層で行われている。最終出力はESG総合点であり、それはEスコア、Sスコア、Gスコアの3ピラーで構成される。それぞれの3ピラーの下に、カテゴリーやテーマと呼ばれる層があり、カテゴリーやテーマの下にKey Issuesやデータポイントという層がある。
ESG → 総合点
E S G → 3 Pillars
テーマ・カテゴリー
Key Issues・データポイント
表 スコアリングの構造
総合点と3ピラーまではどの会社もほぼ同じであるが、その下のテーマ・カテゴリーは各社の特色が反映される。例えば、MSCIの場合、Eの下に、「気候変動」、「自然資源」、「汚染および廃棄」、「環境機会」の 4 つテーマがある。「気候変動」の下に、「炭素排出」、「エネルギー効率」、「製品のカーボンフットプリント」、「環境インパクトのファイナンス」、「気候変動に対する脆弱性」といったKey Issue がある。
E 気候変動 自然資源
汚染および廃棄 環境機会
S 人的資本 製造責任
ステークホルダーへの対応 社会の機会
G コーポレート・ガバナンス 企業の行動
表 MSCIのテーマ・カテゴリー
Refinitivのカテゴリーは以下の通りである。
E 資源使用 排出量対策
省資源イノベーション
S 労働力 人権
地域社会 製品責任
G マネジメント 株主重視
CSRストラテジー
表 Refinitivのテーマ・カテゴリー
⑤ ESG投資の種類⚠️
⑥ 投資家と企業の対話⚠️
⑦ ESG経営⚠️
⑧ ESG経営と企業業績⚠️